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はじめに

炭素は有機生命体を構成する最も重要な元素であり、また様々な化合物の形で 地球上に広く存在している。炭素は大気中では主に二酸化炭素(以下 CO2 と略 記)の形で存在し、陸上生物圏では有機化合物の形態をとって植物体の体を構成 し、またそれが枯死したあとは土壌中に堆積して土壌有機物となって存在してい る他、炭酸イオンとして水中に溶け込んだりしている。大気やバイオマス など各要素に現在存在している炭素の量はIPCC [*](1996) の報告によると、大気中に 750 PgC[*]、陸上植物に 610 PgC、土壌と有 機堆積物に1,580 PgC と推定されている(図 1.1)。


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図1.1: 地球上での炭素循環の模式図。数字は各構成要素が持つ炭素量と年間フラッ クスの 1980 年から 1989 年の平均値(単位 PgC)。IPCC1996よ り引用

これらの各要素間では植物の光合成や呼吸による大気と植物とのやりと り、植物の枯死による土壌有機物への移動、土壌有機物の土壌微生物によ る分解による大気への放出、化石燃料の燃焼による大気への放出などによって、 絶えず炭素の流れ――フラックス――が存在している。

しかし各要素間での炭素フラックスの年収支は現在平衡状態ではなく、各要素 の炭素量は変動状態にある。例えば、森林伐採によって陸上生物圏の炭素量は年々 減少しており、また化石燃料の燃焼による大気への炭素の放出量は毎年増加して いる。

この結果として大気中の炭素量は年々増加しており、1976 年に Keeling ら によってハワイ島マウナ・ロア山で 1959 年から 1971 年の間に大気 CO2 濃度が 3.4 % 上昇していることが発表され、その後も上昇 速度を速めつつ上昇している(図1.2)。


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図1.2: 地球上約50箇所で定点観測された大気 CO2 濃度の推移を 3 次元表 示したもの。X軸: 時間(年), Y軸: 緯度(), Z軸: 大気 CO2 濃度 NOAA/CMDL の WWW サーバより転載

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図1.3: ハワイ島・マウナロア山での定点観測された大気 CO2 濃度の推移を グラフかしたもの。 X軸: 時間(年), Y軸: 大気 CO2 濃度(ppmv) NOAA/CMDL の WWW サーバより転載

またその増加速度ははいまなお増加中であり、マウナ・ロアでは 1960 年代に は平均 0.83 ppmv/年、70 年代には 1.28 ppmv/年、80 年代には 1.53 ppmv/年 とますます増え続けている。NOAA/CMDL[*] のデータ(Global-Air-Sampling,図 1.3)によると、1980 年から 1989 年にかけて大気 CO2 濃度 は 1.53 ± 0.1 ppmv/年上昇しており、これは大気中の炭素量が 1年あたり 3.3 ± 0.2 PgC 増えていることを示している。

また大気 CO2 濃度は季節変動を起こしているが、その年較差は北 半球では大きく南半球では小さくなっており、また CO2 濃度は夏に低く 冬に高いという傾向を示している(図1.3) が、北半球で年較差が大きいことは陸 地面積、したがって陸上生物圏が北半球に偏って存在していること、夏に濃度が 低いことは春から夏の時期に陸上生物圏が光合成を盛んに行なうことにより大気 中の CO2 を吸収することによって説明できると思われる。

一方で南極のアイスコアから得られた過去の空気サンプルの分析によって、産 業革命(1760 年)以前の大気 CO2 濃度は 280 ppmv で安定していたことも明らか になっている(図1.4;Neftel et al. 1985)。これは産業革命以 前には化石燃料の燃焼が無かったことも考えられるが、 Neftelらは化石燃料だけの要因と考えて過去の大気 CO2 濃 度を推測した場合、図1.4の点線のカーブを描くと考えられるため、化 石燃料の燃焼以外の理由があったことが推測されるとした。ではこれだけの CO2 濃度の変化は説明できず、大気 CO2 濃度の増加はバイオマスの燃焼が重 要な役割を担っていると結論づけている。


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図1.4: 南極アイス・コアより得られた産業革命以後の大気 CO2 濃度の推移。 破線は化石燃料の燃焼の影響のみによる大気 CO2 濃度の逆算値。 Neftel et al. 1985 より引用

これらのことから、私は大気 CO2 濃度の安定化には陸上生物圏の生産力が大きく 関与していたのではないかという仮説を立てた。この仮説を検証するために数値 シミュレーションを用いた地球規模の単純な植生モデル(ただし海洋を含まない) を作り、陸上生物圏と大気のみの一種の閉鎖系を作り、その系の中での陸上生物 圏の炭素量と大気 CO2 濃度との間の依存関係を探ることが、この研究の目的である。

これに関連した研究としては、ビンの中に植物を密閉して成長を調べたベルジャー 実験[Black(1994)]や、アメリカ・アリゾナ州でガラスの密閉された建物 のなかで、2 年間かけて外部と基本的に物質交換を行なわずに植物の生育を行なっ たバイオスフィア2実験[アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン(1996)]などが挙げられる。ベルジャー実 験は小さなビンに空気と植物のみを入れて栓をして閉鎖系を作り、C3 植物と C4 植物との成長の違いを調べたところ、C3 植物は CO2 を使い果して枯 れてしまったのに対して、C4 植物は生育できたという実験であるが、この実 験は小さなビンの中での現象に過ぎず、この種の実験から地球規模の予測を行な うのは無理である。

またバイオスフィア2実験も、200,400m3 という大容積にいくつかの異なっ た植生と、ある程度の多様な環境を実現したが、大気 CO2 濃度は日平均値が数 千 ppmv で、日較差も数百 ppmv という状況であり、これらは地球生物圏のご く一部を模擬したものにすぎない。


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Yoshihiko OHTA
1998年1月21日